夢の本
雨ばかりの日々、今年はキンモクセイの香りもあまり楽しめなかった気がする。
昨年の今ごろ熱中して作っていた本、『夢の声を聴く』(藤崎亜矢子さん著)。
編集日誌をつけているのだけど、けっこう緊迫していたなぁと、懐かしいような苦しいような。でも、その苦しさがいいのだ、編集は。
道和書院では、スポーツ関連書として、アスリートのための心理学・メンタルトレーニングの先駆的な本を出している(中込四郎先生の一連の著作)。
また、岸田博先生のカウンセリングの本も健在。
けれど『夢の声』は、私が道和書院に移ってきてから初めての心理関連書だ。
昨年の秋は、日々送られてくる藤崎さんの原稿を読み、いろんなやりとりを交わしていた。原稿の内容がどんどん進化・深化していくのに驚き、わくわくしながら本づくりをしていたのを思い出す。
この本を読んで、私の見る夢も変わった。
面白いことに、夢の本を作っているあいだ、私は本当によく夢を見た。というより、夢を覚えているようになった、ということかもしれない。
さらに不思議なのは、夢のバリエーションが増えてきたことだ。
それまでは、いつも昔から見ている夢の繰り返し。
いつも追われる夢で、コワイ夢だった。見たくなかった。
でも藤崎さんの本をつくりながら、自分の夢がいったい何を表象しているのか、数ヶ月にわたって何となく考えつづけていた。
だんだんと、自分なりの答えみたいなものが出てきたように思う。
そしていつのまにか、そういう夢を見なくなった。怖い夢を見なくなったのである。
それは自分にとってすごく画期的なことで、一年たった今も、もう見ていない。
今は、別の状況でそこはかとなく不安だったり焦ったりする夢を見る(残念なことにハッピーな夢はほとんどない)。
ただ、その不安や恐怖みたいな感情を、そのまま受け止めて心配の種にしてしまうことがなくなった。
感情の向こうに隠された意味、メッセージを、聴きとることを教えてもらったからだと思う。
優しくフレンドリーな語り口、ゆったりとした呼吸。
藤崎さんの文章は、彼女のふだんのしゃべりかた、佇(たたず)まいそのままだ。
やさしい言葉だけれど、その意味は深く、影響は長くつづく。
実は彼女はヴァイオリンも相当、弾く人なのだった。
読んでいて、リズム、テンポ、呼吸が、音楽のような心地よさだなと思っていた。
もし、不思議な夢に悩まされている人がいたら、読んでみてください。ぜひ。
*
そして一年後のいま、新しい心理学の本を編集しているところ。
初校の校正中、今は装幀のデザインを待っている。いちばん緊張し、またいちばん楽しみな時期だろうか。
お楽しみに。
(片桐文子)
付記:
今回から、同じ文章を note でも公開するようにしました。
note では、自社の本に限らず、読んだ本や展覧会のことなど書いていく予定です。
もしかしたらブログのバックナンバーから、note に文章を再録することもあるかもしれません。

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