思いがけず、雅楽に再会
3月、「江戸東京伝統芸能祭」のコンサートで、雅楽の生演奏を聴いた。
(意外ななりゆきで、web記事制作のお手伝いをしたんです)
久しぶりに聴く雅楽は、刺激的で楽しかった。
若い奏者の力のこもった演奏に、プログラムの見事な組み方。
古典名曲、復曲「敦煌琵琶譜」、現代作曲家への委嘱新作、一柳慧の「プラーナ」。
新作は、在独の作曲家横川朋弥さんによる「星摘み」だった。
感動した。そしていろいろ思い出した。
「敦煌琵琶譜」を復曲したのは芝祐靖氏。大学時代の恩師のひとりです。
恩師といっても、2年ほど藝大の「副科」で雅楽の実技クラスを受講しただけ。
練習もろくにしない学生で、いま思うと恥ずかしいかぎり。
そして、もったいなかったなぁ、とつくづく思う。
クセツヨ教官が勢ぞろいしているような大学で、芝先生は異彩を放っていた。
いつもぴしっとスーツを着こなす端正なたたずまい、温和な笑顔。
学生の演奏がどんなにへろへろでも、声を荒らげて叱るようなことは一切なし。
そのおかげで私のような学生でも、大学祭、四芸祭の舞台に、雅楽クラスで参加させてもらえた。
あんなに楽しかった思い出はそうそうない。
でも、ただ優しいだけの先生ではなく、実は激しいものを内に秘めた硬骨漢なのでは、とひそかに思っていた。
コンサートを聴くにあたってあらためて調べてみた。
芝先生が「敦煌琵琶譜」を復曲されたのは1983年。
1984年、宮内庁楽部を退職。
1985年、伶楽舎を創設。なんと私が大学に入学した年!
芝先生のあの静かな気迫は、そういう時期だったからだ。
寺内直子さん著
『伶倫楽遊(れいりんがくゆう) 芝祐靖と雅楽の現代』
(アルテスパブリッシング刊、2017年)
には、そのあたりの事情と、現代の雅楽の発展が詳しく書かれている。
副科には雅楽のほか、ガムラン、シタール、三味線、箏、等々いろいろなクラスがあり、私もいくつか受講した。
そのなかでも雅楽クラスの印象が強いのは、芝先生のキャラも大きいが、その指導が、実技の習得にフォーカスしていなかったことだと思う。
文化としての雅楽、その歴史の深さ・広さを体験できるよう、教材に工夫をこらしておられた。
そしてヘタだろうが何だろうが、ともかく学生が舞台で合奏する機会を作ってくださった。
在学中、昭和天皇が亡くなられた。そのとき芝先生は、天皇崩御の時だけに歌われる歌(なんという名だったか)の譜面を準備してくださって、クラスの皆で唱和した。
舞台に出るときは、山吹色のおそろいの衣装を着た。
これは芝先生がポケットマネーで作ってくださったのよ、と先輩が言っていたのをおぼえている。
芝先生は、何も知らずやる気のない若者が相手でも、「雅楽ってこういうものだよ」と伝えるために、手間も費用も惜しまなかった。
そのおかげで私のような学生も、卒業後数十年経ってから雅楽のコンサートを聴いて、感動できる。
西洋音楽しか知らなかったあの頃よりは、雅楽には独特の拍節・リズム・音程の感覚があることを理解し、味わえるようになっている。
若い奏者の力いっぱいの演奏を聴きながら、芝先生をはじめ先人の方々の努力を思った。
恩師なんて言ったら芝先生はオイオイ、と驚きそうだが、やっぱり恩師だなと思う。
もう明日ですが、伶楽舎の公演があります。
私も伺います。楽しみです。
5月14日(木)19時~
東京 渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールにて
伶倫楽遊 伶楽舎雅楽コンサートno.45 遣唐使の雅楽
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